音楽・ドイツ語

2018年1月19日 (金)

N響Bプロ(1/17)

完売だし、ソリストは小山さんだし、演目も親しみしみやすかったのに、空席が目立ったのは、やはりインフルエンザの流行だろうか。知人も体調が悪く、前半でリタイア。

指揮、ダーヴィト・アフカム氏、ピアノ、小山実稚恵氏。

「交響詩『ドン・ファン』(R・シュトラウス)」。おっかしぃなぁ~。気分が高揚して来ない。リヒャルト大好きな御方は、すでにノリノリで弾いておられるし、ホルンの1番は今井さんなのにさ。

多分(きっと多分)、ホールに来る前に法事の打ち合わせでお寺に行き、昨年の1月Bプロは、心身ともに疲労困憊で、それこそ前半でリタイアしたことなどを思い出したりしていたので、音楽に入り込めなかったのだろう。う~ん、最近何かと引きずることが増えたな・・・。

「ピアノ協奏曲 第20番(モーツァルト)」。はっきりと書いちゃおう。私はモーツァルトがあまり好きではなく、そしてそのピアノ協奏曲は嫌いだ。、もちろんアイネクであるとか、K136であるとか、ラッキーナンバーはあるけれど、総じては求めて聴かない。ほんでもって、このプロの中にあって、モーツァルトは異質に思え、演奏は素晴らしいのに(小山氏のピアノは大好きだからね)、聴きながら違和感が拭えない。

もしかして、このプロで週末に地方公演をするから?まさかね…いや、ありうるかもな。

「歌劇『ばらの騎士』組曲(R・シュトラウス)」。さて気を取り直して後半である。ふむ。指揮者も熱演であり、オケもしっかりとその具象化に努めていたようには見受けられますが、不思議な感じもした。音楽の完成度としては十分であるのに、このタクトは更なるなにかを求めてるのではないか。否定しているわけではないのだが、指揮と音楽の完璧なシンクロが快感だからなぁ・・・って、それはお前の感性だろうがっ!>自分

そーゆーことをお話しできて、かつ、それについてニコニコと教えてくださる人は、今宵降りであったので、とりあえずは、ホルンの1番様とパーカスのシンバル様に、盛大なる拍手を送り候。

「バレエ音楽『ラ・ヴァルス』(ラヴェル)」。この曲が演目にあればこそ、初台に行く算段をしなかったのだが、はい、第三者的なる感想として、好演でありました。指揮ももちろんよろしかったですが、コンマス様の力、大したものですな。

この、何か奥歯にものの挟まったような感想の所以はですね、「ラ・ヴァルス」は、大野さんとリヨンでこれ以上のものはないと感じるほどの演奏を聴いているからでして。もうこればっかりはどうしようもないんである。

でも、楽しかったよ。

2018年1月17日 (水)

演奏会のお知らせ

 

お待たせしました!!! 今年も旅が始まりますよ!!!

『旅するヴァイオリン vol.69 ~ ウィーン古典派 モーツァルトからシューベルトへ ~』

2018年2月15日(木) 18:45 開場 19:00 開演
     於 横浜イギリス館
(みなとみらい線 元町・中華街駅下車 徒歩7分)

全席自由 一般 2000円 学生 1000円

ヴァイオリン:白井篤さん(NHK交響楽団)
ピアノ:大須賀恵里さん

~プログラム~

ベートーヴェン:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第1番 ニ長調 作品12-1

シューベルト:ロンド ロ短調 D.895

モーツァルト:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ホ短調 K.304

シューベルト:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ イ長調 D.574

 

☆予約は不要であります。どうぞ直接会場にお越しくださいませ。

※原点回帰の雰囲気?と思うのは私だけかなぁ~?
また今年も白井さんの演奏とともに楽しい旅をしたいですよね(≧∀≦)。


(白井さんのご許可をいただいて宣伝しております。)

2018年1月12日 (金)

die Richtung aendern

「方針転換」・・・ぐぐる翻訳だと、一つの単語として出てくるんだけれど、自分の辞書でひくとそれは4格と一緒の他動詞で綴ることになっている。

つまりは

“ Ich aendere Richtung. ”

ってそれじゃ方向を変えるって感じだわよね。あぁ、ドイツ語習いに行きたい。仕事の後に行けるところないかしら。

話を戻す。

昨日、N響の来季ラインナップが発表になった。例年に比べかなり早いのだが、きっと12月の調整が難航していて、春になっても決まらない恐れがあるので、さっさとその他を発表し、かつ、12月の指揮者になるはずだった某マエストロ問題を決してうやむやにしないという、姿勢を見せたかったのではなかろうか・・・(って、かなり意地悪な解釈かしら?)。

そしてそれこそ例年ならば自分なりにAC定期を吟味するのが通例であるのだが(B定期は継続するつもりなので吟味不要)、なんとまぁ、同じ日に新国立劇場の来シーズンのラインナップが、新芸術監督による動画付きで発表されてしまった。

新芸術監督とは大野さんであります。

大野さんが振る振らないの問題ではなく、あの御方がご自分の全身全霊をかけて臨まれる(と勝手に思っているのだが)、新しき新国立劇場のオペラを聴きに行かずしてどうする。さすがに全日程行けずとも、すべての演目聴きたいではないか。演目は監督と同じだもんさ。

かくして。

「初台が一番、溜池山王が二番、三時のおやつは上野で、原宿はイレギュラー」となりました。

第846回 定期演奏会Bシリーズ(1/10)

ホール使用契約の関係だろうが、都響の1月Bシリーズは毎年10日である。昨年は義母の急逝で聴きに行けなかった。もう一年もたってしまったのかと、席につきながら少し感傷にひたった。

指揮、大野和士氏。

「組曲『町人貴族』(R・シュトラウス)」。初めて聴く曲だったので youtube で予習した。編成小さい?チェンバー?ホールでの実際の配置は、ピアノを挟んで弦楽器と管楽器の対向の配置。指揮台はなかったが譜面台にはスコア。

(大野さんはゲンオンとオペラ以外は、ほぼ暗譜で振られる。きっとそれにはマエストロなりの何か意図があるのだろう。一度聞いてみたいと思えども、それは私などが踏み込んではならない領分のような気がする。多分、生涯聞けずに終わるだろうな。)

とにかく楽しい曲だった。「ピアノと管弦楽のための組曲」と表現してもいいいほどに、ピアノがかっこよかったしね。

「交響詩『人魚姫』(ツェムリンスキー)」。こちらも初めてで youtube で予習。ついでに wiki でも予習・・・あら、アンデルセンの世界まんまだわね。

であるからして。ヒジョーに美しくそして切ない。

大野さんのお言葉をお借りすれば「アルマに失恋したその悲しみがそのまま曲に投影されているんですよ」・・・をを、神よ、なぜにこの御方はマーラーとなると熱く語るのでしょうか。マーラーの命日にその5番を聴いたとき、楽屋口でいきない「今日はマーラーの命日だったんですよ!」・・・私がマーラーを苦手としてることは、決して口にすまいと、改めて心に誓うのだった。

さて。

私はディズニー映画を観ない。そして、原作となる古い童話はほぼすべて子供の頃に読んでしまっていて、幼いなりにその世界観を構築し、長じてからもそれを修正するという形でその物語を捉えてきた。理屈っぽい表現で申し訳ないが、要するにオリジナルがすべてなんである。

「リトル・マーメイド」の世界は全くわからずだし、そういえばアンデルセンの童話って、登場人物にあまり名前がないよなぁ・・・と気づくのだった。

2017年10月18日 (水)

Andiamo Part2 (7/21)

「~第1回 World Wideに活躍する演奏家の世代を超えた共演~」とのサブタイトルがつく。

詳細はこちら にまだあるけれど、リンク切れしてしまったらごめんなさいで、そしてこのブログには演奏の感想はほぼない・・・と思う。

2001年に仙台のコンクール で私は「スヴェトリン・ルセフ」というヴァイオリニストを知った。あの頃とても親しくしていた友がコンクールの事務局にいた関係で、知ることができたのだが、彼が優勝しら時のチャイコンは、少しおすましのフランス風チャイコンだった。

(セミファイナルのショスタコが凄かったとは、その後知り合ったルセフファンから聞いた。彼女が生まれて初めて思わずスタンディングをしてしまったとの演奏は、今でも語り草・・・一部的にだけどさ。)

記憶が定かではないのだが、コンクールの優勝者には副賞として、王子ホールでのリサイタルと、ガラコンンとは別に、コンクールオケとの演奏会があったと思う。その演奏会が、毎年すみだトリフォニーで開催される「地方オケフェス」と重なり、あ・・・そのブログは破棄してしまった最初のだった・・・。

とにかくそれは(多分)2002年の3月で、そこで聴いたチャイコンで私は「ぶっ飛んだ」。それ以外に表現する言葉を持たないなぁ。そして、その時の彼のステージマナー(立ち姿)にも、いたく感銘を受けたのだった。

好みの話ではあるが、ステージ上で落ち着きのない演奏家は、聴く側も注意力がそがれる。皆それぞれの演奏スタイルとしての「動き」はあるけれど、そうでないものもある気がするんだな。そして私はどちらかといえば「仁王立ち」的な人が好きだ。

(某王子がそうなんですね。立って演奏することはそれほどないポジションの御方なので、初めてそれを見ると、皆様驚くらしい。でも素敵だわよ。)

まぁ、なんやかやで、来日した時には、何とか時間を作って聴きに行っていたのですが、霧島国際音楽祭で、今宵のピアニストの大須賀氏とご縁ができ、このような演奏会ができる運びとなった次第であります。

大須賀氏に感謝感謝。

そして次回もあることを願って。

2017年10月11日 (水)

ラ・ルーチェ弦楽八重奏団 vol.4(7/12)

メンバー(敬称略)。

大江 馨、城戸かれん、小林壱成、毛利文香(以上ヴァイオリン)
有田朋央、田原綾子(以上ヴィオラ)
伊東 裕、笹沼 樹(以上チェロ)

お品書き(公式ツイッターよりコピペ)。

▼ショスタコーヴィチ:弦楽八重奏のための2つの小品 作品11
▼ブラームス:弦楽五重奏曲 第2番 ト長調 作品111
▼山中惇史:ラ・ルーチェ弦楽八重奏団委嘱編曲作品
▼メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲 変ホ長調 作品20

目的はただ一つ。伊東氏の演奏が聴きたかった。しかもメン八。席はどこでもいいか…と思い、適当な時間に行ったら、すでに列ができていてその先頭近くに、演奏会お仲間がいて・・・特等席で聴くことができた。多謝多謝。

まごうことなきヴィルトオーゾ集団であり、ホールが満席だったのもうなづける。圧倒的な低弦に支えられて、中高弦は自由闊達に踊っていた。

さて。

私は笹沼氏のことを知らなかったのだが、演奏会の数日前に美容院に行き、女性週刊誌でその名前を見た。氏は某宮様のアイドルであるという話。宮様もチェロを演奏なさるからでしょう・・・表現が不敬かも知れませんが、宮様、確かな耳をお持ちであります。

一緒に聴いたお仲間は、若い人の室内楽にしげく足を運ぶ人で、彼女曰く

Er ist ein musikalisches Genie !

(辞書で das Genie を調べたら↑このままの文章があった。ハハハ。)

確かにそうかも。技巧とかそういうものは違うレベルのところで、「すべてフツーにいけちゃう」ぅて感じに思えるもんな。

・・・ということで、アンテナ立てておかなくてはと、思った次第。

2017年10月 9日 (月)

大宮臨太郎&岩崎洵奈(7/6)

2017-2020~ベートーヴェン生誕250年を祝う」というサブタイトルがついている。

2020年の生誕250年を迎えるベートーヴェンの作品を、4年間4回シリーズで演奏していくという企画。

ヴァイオリン、大宮臨太郎氏、ピアノ、
岩崎洵奈氏、ゲストとしてチェロの宮坂拡志が客演。

ピアノソナタ第23番「熱情」
ヴァイオリンソナタ第5番「春」
チェロソナタ第4番
ピアノ三重奏曲第4番「街の歌」

がお品書きであったのだが、プログラムを紛失してしまいまして、曲順がこうだっかは定かではない。


大宮氏のリサイタルは(客演も含めて〉何度か聴いたことがあるけれど、今宵の岩崎氏との演奏が一番しっくりくるような気がした。ホールはほとんど千葉県の葛飾区。私が行くには首都横断の大旅行(笑)であるが、できることなれば、シリーズ皆勤したいものだ。

さてはて。アンコールが「大公」であり、大宮氏曰く「次回の練習」だそうな。では来年もトリオを演奏するのだな。ゲストは誰かしら・・・と期待してみたり、それはなかろうと思ってみたり。

本命はあっちの次席様なんだけどね。


2017年10月 4日 (水)

五島美術館 ミュージアム・コンサート(7/6)

恒例のクァルテット・リゾッナンツァ演奏会。どうしても来られない年もあったけれど、私には最高のハレであり、しかも今年は meiner Geburtstag  である。これを聴きに来ずして何とする。

ヴァイオリン、白井篤氏&山口裕之氏、ヴィオラ、小野聡氏、チェロ、山内俊輔氏。

「弦楽四重奏曲 第22番 『プロシャ王第2番』(モーツァルト)」。モーツァルのSQは時としてハードなことがある。理由はわからないのだが、胎教音楽の筆頭にあがるような感じではないんだな。もちろん、聞き始めればまごうことなきモーツァルトなのですが。

それは私の勝手な感覚であり、演奏者には何の関係もないはずだが、最初のうちはなんとなく演奏が硬かった・・・・いや違いますな。会場である美術館講堂は、絨毯であり、しかも空調をガンガンにきかせないとかなりの湿気。聴衆が入ればそれは増幅。主催者もそれをわかっていて、聴く側には「講堂内はかなり冷えますので、羽織物をご用意ください」とお願いはしているけれど、それでも、湿気によるチューングの狂いは避けられない。

だからなんてことは、私の勝手な想像ではありますが、第一楽章は、感覚をさぐっていた感ありまして、でも、例年のように、楽章ごとにチューニングをしなくても大丈夫のようでした・・・が・・・いずれやはり、モーツァルトは時として冗長であるような。(←あくまでも私の感覚。)

「弦楽四重奏 第12番 四重奏断章(シューベルト)」。かの「未完成」のごとく、第1楽章と第2楽章(スケッチのみ)の短いこの曲は、初めて聴いた。もちろん予習はしていったけれど、そもそも私の「予習」とは「ながら予習」であり、聴きながら「あっ、ここんとこいいじゃない!」てないい加減なものであり、演奏会で聴くこととは、姿勢からして違う。

であるからして、この曲にはショックを受けた。この日 と同じかな。最近思うのだ。曲の予習とはもちろん、曲そのものを知る意味もあるけれど、作曲家の人生やその思想などに深く入り込んでいくことも大切なのではないか。大野さんはそれを「作曲家と対話する」と表現なさるけれど、演奏家さんの場合は、まずそこにスコアがある。そりゃ聴衆にもスコアを読み込める人はたくさんいるだろうが、私はそれよりも歴史的背景などの方が入りやすい。

余談ではあるが、最近少しだけプロコを聴けるようになったのは、ジダーノフについてお勉強をしつつ、その前のプロコ、その後のプロコについても調べたりしたからだ。

演奏者さまにおかれましては、まだまだ納得いかぬ演奏であったように、お見受けいたしましたので、また機会があれば演奏していただきたく存じ候。

「弦楽四重奏 第15番(ベートーヴェン)」。この曲は敢えてチョイスなさったものであり、その理由もトークで話してくださったけれど、それはシークレットですね。このメンバーでは何度か聴いているのだが、こちらも特別な思いで聴いてしまったので、感慨深いものがあった。

私の仕事は「感謝の気持ち」を身にまとうことが要求される。語弊があるのでその意は省略するが、その弊害とでもいうか、「心から感謝する気持ちとはどこから出ずるのだろう?」といつも思っている。悲しい職業病である。

でも、その答えは最高のハレにあるのだ。この15番を聴きながら、それを感じずにはいられなかった。

さて。

7月6日は私の誕生日であると最初に書いた。

その日に最高のハレがあるだけでも、もう何もいらないほどであったが、終演後に控室におじゃましたら、あの御方とあの御方二人に、お祝いのお言葉を賜った。

もうすっかり舞い上がったのは言うまでもなかろう。

2017年10月 1日 (日)

第835回 定期演奏会Bシリーズ(6/30)

詳細はこちら

今回のプログラミングはすべて「初体験」。都響のサイトに大野さんのプレトークが掲載されていたので、そこで勉強してはいったのだが、大音響ということではなく、あふれだす大野さんの音楽に、溺れかけて危うかったかもしれない。

だからやはり、先週出待ちして、お話すればよかったんだわ。時間の関係もあるけれど、次回公演のことをお聞きすると、それこそ言葉があふれだす御方なれば。

私はスコアから作曲家の思いを感じ取ることはできない。それは大野さんのお役目であり、そこから紡ぎだされる音楽を受け取るのが私の役目だ・・・と勝手に思っているわけで。

評論家諸氏は、演奏そのものに関して、論評を述べるのも仕事であり、切り口がそこからでもいいけれど、私は違う。

だからこそ、まずは演奏される曲を成しえた作曲家について、それなりの知識を持つこと。そして、某大国系作曲家にあっては、時代背景を考えること。ゲンオンの分野にあっては、作曲家自身の言葉を聞くこと。

(この最後の部分に関しては、大野さんは「現代音楽を演奏することの意味は、そこに大きな意義がある」と仰っている。真知亜さんも、作曲家から直接話を聞けることについて、言及されたことがあったな。)

たとえそれがモツベトブラチャイであったとしても。

2017年9月28日 (木)

旅するヴァイオリン vol.65~プロコフィエフの世界 ~(6/21)

ヴァイオリン、白井篤氏、ピアノ、津嶋啓一氏にて。

今宵はオール・プロコフィエフプログラム。

2009年6月9日 。私は恐る恐るイギリス館のドアを開けた。ロシア音楽のタイトルに惹かれて。

あれから8年。あの時に思った「もっとジダーノフ批判を勉強しよう」は、やっとその片鱗を理解できるようになり、そして長らく抱えていたおプロコへの苦手意識も消えつつある。もちろん、自分の努力もあるのだが、白井さんに負うところも大。

イギリス館での楽しいレクチャー。出待ちでのちょっとしたおしゃべり。さながらジグゾーのピースのように少しずつそれは形作られて、私の中のプロコとなったのだ。

であるからして、果たして今宵は実に素晴らしき夜となりぬ。

「5つのメロディ」
「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第2番」
「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第1番」

時に川向うは遠いと感じることもあるが、白井さんがイギリス館で演奏する限り、私はあのドアを開け続けることだろう。


より以前の記事一覧

ブログパーツ

  • by 無料ブログパーツ製作所
    [PR]