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雑話・ドイツ語

2017年1月22日 (日)

しばらく休みします

年明け4日に義母が、そして20日に義父が逝ってしまい、何が何だかわからないままに毎日が過ぎております。演奏会も一度は行ってみたものの、気持ちが落ちて途中でリタイア。

そこでしばらくの間、こちらはお休みいたします。

「こちらは」と書いたのは、ここに 備忘録のようなものを書き始めているからです。

義父母の葬儀や、その後のことを、記録として残そうとしているだけなのですが。

2017年1月 4日 (水)

Prosit neujahr !

皆様明けましておめでとうごさいます。本年もよろしくお願い申し上げます。

☆大晦日から三が日の四連勤は、さすがに疲れ果てました。「売る」ことよりも「作業」に追われ、瞬間湯沸かし器のように、いきなり頭から湯気を出すご主人様に、番頭以下全員が振り回され、もうほとほと嫌になりました。でも、昨秋に異動してきた手代は、厳しい人ですが、前任者と違って「やることをやってどんと構えておけ」という人なので、丁稚へのとばっちりはそれほど酷くはなく、助かったよ・・・その代わり、前任者に「可愛がられていた」丁稚たちにはキツかったかもね。

★スポーツ観戦に関しては、元旦の実業団で後輩たちが頑張ったのでかなり上機嫌で、箱根に臨んだところが、何だよ、あの体たらくは!体調管理が全くできていない。鶴見中継所で観戦の皆様に慰められるとは情けなくて、はらわた煮えくりかえるよ・・・そして、某三冠大学の監督の物言いにも腹を立てている。はい、確かにおたくは強い。でも、だからと言って公然と他大学を見下すような振る舞いはどうよ?

☆宴会事業部は絶好調のうちに・・・いまだ継続中であります。主人が週末三連休まで冬休みなので、多分どこぞに宴会に行くだろう。姉一家(+それぞれの母親)と我が家は、全員が「成人」であり「下戸は姉だけ」なので、元旦は酒が足りなくなる始末。文句なしに楽しかった。

★芸術部門は皆無。一昨年ぐらいまでは、ベルリンもウィーンもオーチャードもNHKホールも、すべて録画して鑑賞していたけれど、観る(聴く)時間を取れなくなって、もうどうでもいいかという気分になり、録画するのをやめた。この傾向は年間を通して続いているというか、録画してディスクに落としたとして、それを再び鑑賞する時間はやはりないので、大野さん以外はオンタイムのみ。

・・・とまぁ、そんなこんなで、いまだ♂一匹はだらjけておりますが、私は宴会事業部が少しゆるくなっただけで、変わらぬ日常であります。そして、義父のところに行くと、ブル4を聴かせることにしていて、何となく「聴いてる」風には見えるので、それは続けてあげようかと思っております。

2016年12月29日 (木)

Guten Rutsch ins neue Jahr !

「良いお年を!」・・・新年の挨拶にも使えます。

皆様、この一年、拙ブログをお読み下さりありがとうごさいました。8月から勤務時間が長くなり、「自由時間」が減ったこともあり、なかなか更新ができず申し訳ありませんでした。

暮れに体調を崩した義父は、何とか年は越せる見込みですが、楽観はできない、それだけはあまり明るくないままの年の瀬ではありますが、避けては通れない・・・ことです。

愚息が帰省いたしまして、宴会事業部が稼働し始めましたので、今年のブログはこれにて終わりでごさいます。

何ごともなければ、年明けは6日頃に復帰する予定です。

皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さいませ。来年もよろしくお願い申し上げます。

2016年10月19日 (水)

Im September bin ich ins Kino gegangen zweimal.

(いい加減オンタイムに追いつかないとまずいのだが…。)

「9月は2回映画に行った」・・・しかも正確には2回目は10月の1週だが、ドイツ語のお勉強もしなければならないので、これでいいや。

観に行ったのは

「超高速!参勤交代 リターンズ」「真田十勇士」 。水曜日が休みだとレディースデーで観られるから・・・というのも、あと数年の話でそれ以降は○ニアだなぁ…(複雑)。

参勤交代の方は、前回見て面白かったからで、十勇士の方は大河のせいでも、豪華イケメン衆のせいでもなく、遙か昔の人形劇が大好きだったからである。

(そして思う。映画を観に行けば、予告編を大量に観ることになるのだが、私は「感動的」「泣ける」の類には、全く食指が動かない。ホラーも嫌いだしジブリも嫌い。推理物は原作がちゃんとしてないとだめだし。じゃぁ、何が好きなのかって、そうだなぁ・・・SWとエヴァは別格として、あとは歴史ものかなぁ?)

ネットで、あれこれレビューは流れていますが、二作品とも「忍び」が大きく活躍しましたな。

我が家には尼子騒兵衛の「落第忍者乱太郎」が全巻揃っている。朝小連載の、子供向け漫画ではあるが、忍者そのものについて嘘は書いていない。「能力」に関しては荒唐無稽な面は多々あれど、ありえない「技」は出てこない。

それに基づいたあまり役にたたない雑学を持って観た映画は・・・面白かったですよ。

とは言え。

歴史であるとか、江戸時代の官僚組織であるとか、そこを突っつくと、それなりにはあるんですがね。

年に数本程度しか観ない私には 映画は「娯楽」であり観た後に「金返せ!」という気持ちにならなければいいんである。十勇士の脚本にはかなり問題があったが、それでも楽しめる部分はたくさんあったからね。

そう。

映画ならそれでいい。

演奏会はそうはいかないんだぜ(笑)。

2016年9月 7日 (水)

Vieln dank !

↓これは「会津若松観光ビューロー」で発行しているガイドブックのようなものです。

八重洲に福島県のアンテナショップ がありまして、そこでもらってきました。ネットでもあれこれと調べて行きましたが、旅行中一番役に立ったのがこの冊子でした。

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バスの時刻表もバス停の地図もある。そして行きたい場所はどのバス停で降りればいいのかも載っている。市街地の詳しい地図もあるので、鶴ヶ城から七日町まで、観光スポットを巡りながら歩くこともできました。

このパンフレットがあれば、会津若松は十分に楽しめますね。

拙ブログのタイトルに倣えば「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」・・・とはいささか大げさかも知れませぬが、気軽な案内はあるに越したことはない。

この場を借りてお礼申し上げます。

2016年9月 6日 (火)

Sommerferien vol.7

ホテルの窓から磐梯山が見えた。晴天に恵まれた3日間の最終日は、電車の時間の都合でバスを利用・・・したのだが。

まずは近藤勇の墓所。墓所にお参りばかりしているようだが、歴史探訪なんてそんなものだし、そして、墓所のあるところは、一般のお檀家さんも眠るお寺である。近藤勇の墓所は天寧寺というところにあるのだが、最寄りのバス停から徒歩15分。15分は、平素駅まで歩く時間なので、楽勝と思いきや、お寺は急坂の上にあった。

今日も今日とて早起きしたので、境内に辿り着くと住職様がお掃除をしていた。お寺さんではご挨拶をするのはあたり前だし、明らかに旅行者風の私に、「近藤さんですか?」と聞いてくれた。そうですと答えると、少し笑いながら「このまだ上なんですよ・・・お気をつけて。」・・・???

いやはや確かに「お気をつけて」である。きっとこのお寺さんは、もともとは山の斜面にあったに違いない。本堂の回りの新しいお墓は、新しいお檀家さんだろう。組長のところに行き着くまでには、文字通り山道を登らねばならなかったが、古いお檀家さんのお墓がその途中にたくさんあり、墓石こそ古いけれど、どのお墓もお参りがされた跡が見える。

私もまめに墓参はするほうだが、ここのお檀家さんは、すごいわ。

そして文字通り辿り着いた組長の墓所には、まだ新しいお線香があり、地元の人が設置した「思い出ノート」には組長へのメッセージがたくさん書かれていた。風雨にさらされないようにケースもありました。

実際に行けばわかるが、ここまで辿り着いたのなら、組長にご挨拶せずにはいられない。ちょっとだけ書いてきました。

そして旅の最後の楽しみ会津武家屋敷 。お屋敷の見学も、西郷頼母の妻以下、家中の女性の悲しい最期も、しっかりとこの目で見てまいりましたが、メインイベントは、お食事処での昼食でありました。

旅のホテルはビジネス素泊まり。夜、ふらっとどこかに行くこともあるが、基本は何か買って区手部屋で食べていて、べつにそれでもどうってことはないが、一回ぐらいは郷土料理を食べたいわけで。

そこで。昼食でそういうものを食べられる場所を探したら、あったんですね~。

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武家屋敷の敷地内のレストランで食べた「会津三昧膳」。美味でございました。平日でもあり、秋の観光シーズン前でもあり、静かなレストランでゆっくりと味わいました。

まだ時間に余裕はあったのだが、雨雲接近中とアプリが知らせて来たので、早めに郡山に移動することにした。

磐越西線に乗り、この三日間を振り返ると、実に楽しい夏休みだったと思えるのだった。考えさせられることも多々ありはしたが、心身のリフレッシュの妨げにはならない。

また機会があったら、行ってみよう。次回は半日ほど使って喜多方に行ってみるのもいいだろうし、逆方向で大内宿にも行ける。

だから頑張って働こう!








2016年9月 5日 (月)

Sommerferien vol.6

連れがいないからこそ、しっかりと予定を立てるのだが、大体は途中でいい加減になっていく。

鶴ヶ城近くで、会津若松のB級グルメ(?)、ソースカツ丼を食べるつもりだったが、ホテルの朝食が充実していたため、それほどお腹が空かない。満腹状態ではなかったが、このソースカツ丼、「うっかりと入ると動けなくなる(by愚息)」ほど、ボリュームがあるらしいの、いささか怖じ気づき、市街を散策しながら七日町まで歩くことにした。

初日のブログに「その気になれば徒歩で回れる街」と書いたが、、平成の大合併以前の横手と似通っていると感じた。今は横手も開けてしまったが、市役所近くの馬場通りの道幅が、私の住んでいた頃の中央町ぐらいの幅で、何だかやたら懐かしい気持ちになる。

西郷頼母邸跡。

市役所。愚息イチオシの「歴史的建造物」。庁舎として使われているが、見学したいと言ったら、どうぞどうぞと言ってくれたので、廊下だけですが、全階見学してきました。この日も会津は猛暑でしたが、石造りの庁舎内は心なしか涼しく、そして、階段の踊り場には素敵なステンドグラスがあるのだった。

どうやら会期中で、傍聴できたのだが、生憎と昼休みで議場は閉鎖。昔風の議場なんだろうか。ちと惜しかった。

次は蒲生氏郷墓所。伊達びいきなので、蒲生様にはそれほどの思い入れはないのであるが、まちなか周遊バスには


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こんな蒲生様がでかでかと描かれておるので、お参りしたほうがよかろうかしらと(笑)。

他にもあれこれ眺めながら、いつにまにか七日町。古い町並みを活かして、観光スポットとして人気があるところですが、一番の目的は鶴乃江酒造 に行くことでありました。

福島、ことに会津には美味しい日本酒が多く、この鶴乃江酒造の「会津中将」は、親子三人大好きなのである。私と同時に、4~5人の男性が一緒に入ったので、連れと思ったらしく「運転手さん以外はご試飲できますよ」・・・すみません・・・私は一人でして・・・男性陣はみなさまクルマだそうで・・・「あ。私、これ全部試していいですか?」

実に美味なる純米酒をしこたま買い込んで東京に送りました。

七日町は只見線の駅。そのすぐそばに、斎藤一の墓所があります。そこにもお参りして、せっかくなので、一駅だけ只見線に乗って会津若松まで。

明日は帰京か、つまらんのう・・・いやいや、明日もまだ遊ぶのだ!

2016年9月 4日 (日)

Sommerferien vol.5

観光地を一人旅する時は、早起きするに限る。団体客を避けるため。元来ワガママであるし、こう見えてあまり人付き合いもよろしくないので、大勢の中に紛れるのも嫌なのだ。

ということで、朝一番の街中周遊バスに乗って鶴ヶ城  に向かう。20分ぐらいで到着するのだが、レトロなボンネットバスは古い建物がたくさん残る市街を通っていく。明治時代建立とおぼしき建物がたくさんあり、それはすなわち、戊辰戦争後すべて破壊されて、廃藩置県で新しい町並みが作られたということに他ならない・・・お城に行く前にすでに複雑な気持ちである。

ということで、当たり前のことながらお城は復元ではあるのだが、美しく優美な外観である。草木には全く疎い私であるが、桜の木ぐらいはわかる。桜の季節にはさぞかし美しいだろう。そして、城回りの庭(?)に雪が積もった景色もさそかし・・・と思えど、会津は豪雪地帯に入ると思うので、そう簡単には来られないかな。

(数年前に、お城のすぐそばの会津風華堂でN響公演があったはずだが、3月中旬だったはず。雪はどうだったんだろうね?)

しかし、風流な思いでいられるのは、城内に入るまで。天守に到る道のりは、蒲生時代から幕末までの会津藩の歴史を辿る道のりである。歩むごとに、登るごとに、やり場のない憤りが湧いてくる。

それほどの知識もなkれば、縁もゆかりもない会津であるので、できるだけ第三者として、その歴史を学びたいと思えど、鶴ヶ城には、まごうことなき史実を語る展示があるのみで、恨み辛みを訴えたり、押しつけがましい「語り継がねばならない史観」もない。

だからこそ、そこにある史実は重く、階段を上る足取りも疲れで少々重くなるころ、五層に到着するようになっているんだなぁ・・・東西南北山に囲まれた会津盆地を一望すると、少し気持ちも落ち着くような気もしましたね。

お城見学が終わったのがまだ昼前。思った通り、観光バスが到着し始めたので、お城を後にして、心も落ち着けて、少しは町並みを散策すべく、まず西郷頼母の屋敷跡へ向かうのだった。

(そして、この夏休み備忘録はいつまで続くんだろうか。9日からは演奏会の日々が始まるのだから、それまでに完結させないとならん。)

2016年9月 2日 (金)

Sommerferien vol.4

(内容がかなり主観的なので、今日はコメント欄ありません。)

愚息と私は戦国ヲタクであるが(愚息は相当な筋金入り)、主人は幕末ヲタク・・・ではなく、幕末から明治維新にかけてが好きだ。

しかも、相当主観的な「好き」である。

何のかんのと言っても、私は現政権を一応支持しており、主人は「消去法」で支持しているが、行政への不満を二人で話すときに、主人は必ず言うのだ。

「長州だからな。」

徹底的に「アンチ薩長」の男であり「反官軍」の男である。

その是非を問う理由など何もないこちらは、とりあえず大河ドラマで描かれた世界しか知らない。一応、薩長側・徳川(会津)側、両サイドで作られたものは何作か見ているし、その都度、勉強はしたので「勝てば官軍」とは、よくぞ言ったものだ・・・とは思っているけれど。

しかし飯盛山に行き、白虎隊の悲劇を目の当たりにすると、そこまでやったらいかんだろ>官軍 とは思うのである。彼らが自刃してしまったことは、表現は悪いかも知れないが、武士の時代であればいたしかたないことかも知れない。

だからと言って、彼らの骸を野ざらしにすることはないだろう。賊軍ならば、夜盗追いはぎが身ぐるみ剥ぎ、獣に食い荒らされるのが、当たり前だと言うのか。賊軍には尊厳はないと言うのか。そしてそれを哀れに思い、せめて遺骨だけでもと供養しようとした者たちまで、罪に問う。

私の感情として、それを受け入れることができなかったので、お線香を上げ、帰京したら「会津中将」を飲みながら、主人にあれこれと聞こうと考えたのだった。

ついで・・・と言っては失礼なのだが、あることがあった。

会津若松は、その気になれば徒歩で観光できるぐらいの街である。飯盛山からホテルまでは2㎞もないので、帰路は歩いて帰ろうと思い、その途中にある妙国寺(白虎義士の仮埋葬地)へ行こうとしたら、そのすぐそばに、プレハブ校舎があり、

そこに書かれていた校名は、浜通りの中学校の名前だった。

後でわかったことだが、会津若松は浜通りから町単位で避難してきているところで、その場所を示す標識もたくさんあった。福島は「浜・中・会津」と、南北方向に三つの地方に分けて呼ばれるが、浜通りと会津では、気候も違い、太変だっただろうと思う。

だが、その件に関しては、私は決して意見を述べない。関係者でも何でもないが、2011年の地震については、もう何も言わないことに決めたのだ。

・・・てなわけで、初日からいきなり精神的にハードになったので、ホテルの近くにあったカラオケでちょいとストレス発散してきちゃったりして。

そういう、いきあたりばったりなところも、一人だとできちゃうんだな。

2016年8月31日 (水)

Sommerferien vol.3

では出発。先日まではかなりの確率で雨マークが出ていたが、私はかなりの「晴れ女」なので、無事に駅まで到着。心配していた西武線の混雑も山手線の混雑も、それほどでもなく上野まで。

新幹線もかなりの過密スケジュールなので、それこそ「点と線」であっち側のホームはなかなか見えないのだが、それでも時々見えるのは上越北陸方面で、まぁ混雑してますこと!やはり金沢ぐらいが、新幹線で行くのにちょうどいい距離なのかもね。

郡山に昼前に着くので、そこで何か買って磐越西線で食事をしようと思ったら、愚息が「やめとけ」と言う。「フツーのローカル線だから落ち着かないと思う。」というのだ。そうなんだ~。ではどのみち朝食取らないで出るから、新幹線でご飯食べましょう・・・大宮を過ぎるころには食べ終わり、気がついたら寝ていて、新白河通過で覚醒。

そして郡山の磐越西線ホーム。なるほど、ローカル線ね。でもクロスシートだから乗りやすい。そしてかなり混んでいた。旅行客っぽい人多数。会津って人気あるのかしら?でもさ、愚息は「相当暑いぞ、覚悟して行けよ。」って言ったんだよね。だから季節としては、あまりよい時期じゃないと思うんだけどね。

そしたら、猪苗代でたくさん降りた。単線なので反対方向を待ってる人たちは、トレッキング風。そうか、五色沼や吾妻山に行くんだね。

(因みに、帰りの猪苗代では、お掃除道具を持った若者グループが、何名か乗ってきた。ボランティアかな。キャンプ場とかもあるしね。)

猪苗代湖が見えるかと思ったら見えない。少し離れたところにあるらしい。列車は青々と実田んぼの中を走るのだが、その中に時々白い畑がある。もちろん蕎麦の花ですね。会津は蕎麦どころとしても有名ですし。

そろそろ終点会津若松・・・えっ?一瞬だけど転車台と扇形庫が見えた。ずいぶん年季が入っている。もう使ってないのかな?まてっ!「SLばんえつ号」が走っているではないか。ならば転車台あるに決まってる。

(あとで関係者に聞いたらキハ40系の車庫としても。使われてるそうで、帰りにはそれも確かめました。でも、車庫なので一般人は立ち入り禁止。みなかみ駅のように、写真撮ったりはできないのでした。)

ホテルで荷物を預かってもらい、いよいよ初日の観光 飯森山付近  に向かいます。

本日はこれ↓。



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申し訳ない。私はこれに共感できず。

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