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2017年10月 4日 (水)

五島美術館 ミュージアム・コンサート(7/6)

恒例のクァルテット・リゾッナンツァ演奏会。どうしても来られない年もあったけれど、私には最高のハレであり、しかも今年は meiner Geburtstag  である。これを聴きに来ずして何とする。

ヴァイオリン、白井篤氏&山口裕之氏、ヴィオラ、小野聡氏、チェロ、山内俊輔氏。

「弦楽四重奏曲 第22番 『プロシャ王第2番』(モーツァルト)」。モーツァルのSQは時としてハードなことがある。理由はわからないのだが、胎教音楽の筆頭にあがるような感じではないんだな。もちろん、聞き始めればまごうことなきモーツァルトなのですが。

それは私の勝手な感覚であり、演奏者には何の関係もないはずだが、最初のうちはなんとなく演奏が硬かった・・・・いや違いますな。会場である美術館講堂は、絨毯であり、しかも空調をガンガンにきかせないとかなりの湿気。聴衆が入ればそれは増幅。主催者もそれをわかっていて、聴く側には「講堂内はかなり冷えますので、羽織物をご用意ください」とお願いはしているけれど、それでも、湿気によるチューングの狂いは避けられない。

だからなんてことは、私の勝手な想像ではありますが、第一楽章は、感覚をさぐっていた感ありまして、でも、例年のように、楽章ごとにチューニングをしなくても大丈夫のようでした・・・が・・・いずれやはり、モーツァルトは時として冗長であるような。(←あくまでも私の感覚。)

「弦楽四重奏 第12番 四重奏断章(シューベルト)」。かの「未完成」のごとく、第1楽章と第2楽章(スケッチのみ)の短いこの曲は、初めて聴いた。もちろん予習はしていったけれど、そもそも私の「予習」とは「ながら予習」であり、聴きながら「あっ、ここんとこいいじゃない!」てないい加減なものであり、演奏会で聴くこととは、姿勢からして違う。

であるからして、この曲にはショックを受けた。この日 と同じかな。最近思うのだ。曲の予習とはもちろん、曲そのものを知る意味もあるけれど、作曲家の人生やその思想などに深く入り込んでいくことも大切なのではないか。大野さんはそれを「作曲家と対話する」と表現なさるけれど、演奏家さんの場合は、まずそこにスコアがある。そりゃ聴衆にもスコアを読み込める人はたくさんいるだろうが、私はそれよりも歴史的背景などの方が入りやすい。

余談ではあるが、最近少しだけプロコを聴けるようになったのは、ジダーノフについてお勉強をしつつ、その前のプロコ、その後のプロコについても調べたりしたからだ。

演奏者さまにおかれましては、まだまだ納得いかぬ演奏であったように、お見受けいたしましたので、また機会があれば演奏していただきたく存じ候。

「弦楽四重奏 第15番(ベートーヴェン)」。この曲は敢えてチョイスなさったものであり、その理由もトークで話してくださったけれど、それはシークレットですね。このメンバーでは何度か聴いているのだが、こちらも特別な思いで聴いてしまったので、感慨深いものがあった。

私の仕事は「感謝の気持ち」を身にまとうことが要求される。語弊があるのでその意は省略するが、その弊害とでもいうか、「心から感謝する気持ちとはどこから出ずるのだろう?」といつも思っている。悲しい職業病である。

でも、その答えは最高のハレにあるのだ。この15番を聴きながら、それを感じずにはいられなかった。

さて。

7月6日は私の誕生日であると最初に書いた。

その日に最高のハレがあるだけでも、もう何もいらないほどであったが、終演後に控室におじゃましたら、あの御方とあの御方二人に、お祝いのお言葉を賜った。

もうすっかり舞い上がったのは言うまでもなかろう。

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