« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »

2017年8月

2017年8月24日 (木)

N響 Music Tomorrow 2017(6/9)

詳細はこちら

例によってプレトークにて女史しゃべりすぎ。作曲者に話を聞けるのは楽しいものではあるが、「世界初演」を聴くのであれば、できれば心は真っ新の状態で聴きたい。女史がゲネで聴いた感想であるとか、曲の詳細であるとか、不要のものと思える。

(大野さんも好んでプレトークをなさるけれど、私たちに先入観を与えないトークをする・・・ほとんど主観的で聞いてる人を置き去りにすることもあるんですが。)

最初の作品は今一つしっくりとこなかった。中途半端な意志を持った音楽とでも言うか。

ターネイジ作品は、楽しみにしていた。昨夏のHibiki で大野さんが「音符で勝負する作曲家」と仰っていたので、ではこの演奏会で演奏される彼の作品はどんな感じでしょうか?・・・をを、ぶんだば!

ソリスト反田氏の素晴らしさは元より、各楽章でガラっと変わる曲想にどんどん引き込まれていくのだった。雰囲気としてはモダンジャズの香り漂う面もあり、2楽章の緩やかなところなど、リッチー・バイラークを彷彿とさせ、心地よさこの上もなかった。

一柳作品&池辺作品。どちらも明確なる意志を持ち、そして、作風も変わらぬベースはあるのだが、私の感じたことは唯一つ。

「弦楽器は弦楽器としての扱いをうけるべきである」

もちろん肯定としての感想なのだが、終演後お会いした某氏。ニコニコとこの思いを受け止めてくださったのでとても嬉しかった。

(一部敬称略)

 

2017年8月 6日 (日)

新国立劇場「ジークフリート」(6/7)

詳細はこちら

願わくば序夜から第三夜まで、4日間連続で聴きたいのがリングではあるが、ちょいと無理な話であり、それでも今年は秋に「黄昏」があるので、まぁ満足。

「ジークフリート」の魅力の一つとして、性格の変化があると思う。ジークフリートしかり。ブリュンヒルデしかり。それが少し大げさすぎたような気もするが、変化するその様は、聴いていて飽きないものがある。

(しかしそれをふまえてなお、私はブリュンヒルデはあまり好きではない。私の解釈がよろしくないのかも知れないが、彼女は最後の最後まで、自らの誇りを糧に行動しているような気がするのだ。彼女の思考はすべて一人称的だと感じる。)

指揮された飯守氏もレクチャーで仰っていたが、この作品は「対話」で構成されているようなものだ。そこにある種難解さがあり、とくにさすらい人(ウォータン)の真意を見極めようとすると、深い闇の中に落ち込んでいくような気がする。

・・・と、わかっていながら、全幕に渡り、そっちの方に意識は傾く。そして、「こんなに登場人物も少ないのであるし、しかもそれほどの演出も必要ないのであるから、こりゃ存外ホールオペラもいけるんじゃないか?」などと、平素とは正反対のことも考える。

(私はホールオペラには否定的である。)

そして、こんな思考に落ちるのは演奏が安心して聴けるからに他ならないと気づいたとき、「黄昏」がとても楽しみに思えてくるのだった。

« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »

ブログパーツ

  • by 無料ブログパーツ製作所
    [PR]