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2016年10月 7日 (金)

都響 第815回 定期演奏会 Bシリーズ(9/20)

マエストロ・インバルに入れあげてる訳ではないが、元々Bシリーズの会員だし、先週は「ザ・グレート」を聴きたかったので、今月2回目のマエストロ。

指揮、エリアフ・インバル氏、ヴァイオリン、オーギュスタン・デュメイ氏。

「ヴァイオリン協奏曲 第3番(モーツァルト)」。「かくあれかし」なる感覚は、ある種独善的なものだろうし、ましてや聴くだけの私には側面しかないわけだが。それでも mein Mozart  ってのはある。あくまでも私の感覚としてであるが、サントリーのような響きのホールだと、身体が浮き上がるような心地になるかな。

編成も小さいので、そこんとこバッチリといけたんですが、ソリストの音に違和感。演奏家の音はその人固有のものであって、七変化のようにコロコロ変わるものではないだろうが、う~ん…これはモーツァルトじゃないみたいで。

キャリア十分のソリストに対して “ Das ist nicht Mozart !”  とはあまりにも失礼な話だが、試しに toutube で検索したらトップにツィガーヌが出てきて、ををっ!・・・魅力はこっちですぜ。別の曲で聴きたかったなぁ。

「交響詩 第8番(ショスタコーヴィチ)」。私は都響会員としては新参者の部類であるので、マエストロの演奏もそれほど聴いてはいないが、大野さんとは別の意味で裏切られたことはない(・・・と、先週書いたばかりのような気がするな)。オケが全幅の信頼を寄せていることがよくわかるし、オケの力を最大限に引き出すことにも長けていると思う。

ショスタコはかなり好きであり、最近は折に触れてジダーノフについてお勉強したり、ソ連とはどういう国であったかを調べてみたりして、曲の内面を理解しようとしている。

(何でそんなことをしているのかと言えば、音楽とは関係のないところで、ロシアが歴史を逆行している気がするので、色々と勉強すれば彼の国の思考回路が少しは理解できるかと考えてるのだ。)

暗い曲であることは事実であり、どっかの書記に批判されたのはわかるぞ。「偉大なるソ連」みたいな曲を書かなきゃならんかったんだしさ。でも、それでも、この曲を成したショスタコーヴィチは何を考えていたのだろう。彼の残した言葉には音楽と同じ二律背反があって、そこんとこをどう捉えるかも難しいもんね。

そんなこんなで淡々と曲は流れていくと思いきや、今宵の金管は鮮やかでしたね。何だか新鮮なイメージを持った。

終楽章、チェロ首席のソロがあるが、古川さんが演奏し始めたら、回り中が身を乗り出したのには呆れた。チェロ首席のソロである。マエストロのすぐ前にいるんだから、身を乗り出して探す必要なんてないだろうに。

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