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2016年9月

2016年9月30日 (金)

ストラディヴァリウス コンサート 2016(9/13)

詳細はこちら をご覧下さいませ。

名手が名器を奏でる。それ以上のぜいたくがあろうか。

とは申せ、こちとら楽器に関する知識など皆無であり、楽器で演奏家の音楽が左右されるなど、聴いてても全くわからない。

それでも、一本で聴けばこれは楽器故なのかと、その響きを感じることもある。千住さんのデュランティの響きは、何度も聴く機会に恵まれ、ホールコンディションで苦労されたこともあったけれど、それでも、音の意志を感じることができた。

多分名器には、感情があるのだろう。だから楽器との意思疎通ができなければ、どうしようもないんだろうな・・・と、このコンサートに来るたびに思う。

名器を持った13名が次々とメンバーを交代しながら、名演奏をしているので、クラクラして酔いそうになったが、とにもかくにもお目当ては、ルセフ様であり、メンデルスゾーンのオクテットであったのだが。

「リベルタンゴ(ピアソラ)/ヴァイオリン6本編」でぶっ飛んだ。諏訪内晶子氏の、オーラが凄まじいんである。演奏している「ドルフィン」の力も相まってであろうか。この曲のあとに休憩があったのだが、すぐに立ち上がれないほどに衝撃的だった。

そして後半のオクテット。ヴィオラが一人しかいないので、団十郎様が、セカンドヴィオラパートを演奏するという、ちょいと変則スタイル。私の席がRAであったことも作用しているのだろうが、またしても、諏訪内氏にノックアトされて終わった。

素人の私見ではあるが、楽器との意思疎通を図り、努力し、楽器もそれに応えたとき、演奏も変貌をとげるのではあるまいか。

2月17日のシベコン、やはり聴きに行くかな。後半はショスタコだしさ。

(サントリーホール RA1列9番)

2016年9月27日 (火)

NHK カジュアルクラシックコンサート@立川(9/9)

(一体いつのブログを書いているのだ>自分)

長い長い演奏会ブランクを経て、新シーズンの最初に実に相応しい(?)コンサート。2006年9月からはや10年たったのか・・・と、感慨深いものもあった。

ヴァイオリン:大宮臨太郎・松田拓之
ヴィオラ:坂口弦太郎
チェロ:山内俊輔
ピアノ:高橋希
オーボエ:小林裕

(敬称略)

ホールは立川市民会館。数年前にリニューアルされて、だいぶ響きもよくなったのだが、多目的ホールにありがちで、音が後ろ方向に響いていく。なので、ステージ上ではまろやかな響きとして感じられているのではないかと思うが、客席では大人しい音として認識される。彼らの平素の音を知っているだけに、少々物足りなさを感じたのは事実。

このブログ、そしてトップ画面のプロフィールからリンクできる以前のブログで検索すると、このコンサートのブログがゴロゴロとヒットするし、同じような内容も何度も書いているので、今回は話題をピックアップしてみよう。

まずは編曲。

裕さんをのぞく5人が、このコンサートのために演奏を始めてから長らく、長山善洋氏が編曲をしていた。最初のコンサートでは、演奏もしましたね。大宮氏が留学中には、別の編成用のアレンジも長山氏でありました。そんなこんなで10年たち、1年前ほどから、鳴海周平氏による編曲も演奏するようになりました。

私見であるが、編曲には「演奏者の技量に合わせる」ってのがあって、アマチュアにはそれが不可欠ですよね。カラオケでキーを上下させるのだってその類です。編曲どころか、オリジナル曲を作るのだって、演奏者に合わせるのありですし。

(バイエル程度しか演奏できないのに、「どうしてもショパンのワルツが弾きたい」と言われたら音をまびいた編曲するだろうし、ハ長調しか弾けない人に、何か曲を作って欲しいと言われればそういう曲を作るとかさ。)

そして、最近の某音楽ジャンルは、それでなりたってるところあるから、私は嫌いだ・・・てのは別の話でございまして、アレンジャーの力の見せどころは「演奏者の魅力を存分に引き出す」ことにあるんじゃなかろうか。

このコンサートで演奏される曲に、最近「この道(山田耕筰)」が加わり、その編曲は鳴海氏によるものである。

演奏は変わりゆくものであり、演奏者自身の有り様も変わりゆくのは当たり前なれど、演奏者の「音」が持つ魅力は固有のものであり、それゆえに私はこのコンサートに通い続けそして、私が感じている彼らの魅力を、存分に味わうことのできる編曲が「この道」だった。

(長山氏の編曲は言わずもがな。)

「だからこの編曲好きなんです」・・・と、いつか言えればいいと思いつつ、いつもいつも怪しげな会話で終わってしまうのはなぜだ?

次はプロの話。

国立音大は「国立(くにたち)」を大学名に冠し、そもそもは国立市にあったらしいが、とにかく今、大学は立川市にある。つまりは地元ですな。音大が今年創立90周年(だったか?)を迎えたこともあり、かつ(多分)、オーボエの裕さんが教鞭をとっておられることもあり、音大の学生と、モーツァルトの室内楽を共演するプログラムが組まれていた。

一応学生さんなので、名前は省略するが、ホルン、オーボエ、クラリネット、フルート。

ホルン五重奏曲の時に、松田さんの席がおかしいと思い、いやおかしくないでしょ、この曲はヴィオラ2本編成ですからっ!いつもこうやって、おバカな勘違いするのはなぜだ?松田さんの母校ではヴァイオリン専攻は、全員ヴィオラも演奏できるのだ。(某2nd首席様に教えていただいた。)

プロがプロとして演奏する以上は、ヴィオラ「も」弾けるではなく、ヴィオリストとして編成に加わっておられますので、ガチであります。

そして、今宵演奏された4曲、すべてにヴィオラとチェロが編成されておりましたので、坂口さんと山内さんは出ずっぱり・・・コンクールの共演者と同じですよね。お二人ともキャリアは長いので、演奏したことは何回もあるでしょうし、プロとは「楽譜を見れば感覚が戻る」そうだけど、それにしてもやはり大したものである。

主賓に迎合することなく、しかし、主賓のために書かれた曲であることを、聴衆に感じさせなければならないのが、こういう場でのスタンスだと思うのだ。

・・・てなことは、ご本人を目の前にしてはとても言えることではないので、「出ずっぱりも凄いですよね」などと、超・ど素人のようなことを言ってごまかすのだった。これが某御方であれば、もっとあれこれと聞けるんだけどさ~。
そこんとこジレンマである。

最後が挑戦。

このコンサートは、最後にピアノ五重奏曲が組まれる。最初の頃は全曲演奏だったけれど、大人の事情(爆)?もあり、抜粋となった。シューマン、ブラームス、ドヴォルザークを演奏していたけれど、この夏カプースチンに挑戦してみました(・・・演奏者談)。

ほとんどジャズ。この曲に合わせて手拍子しなさいと言われたら、迷うことなく裏拍で打つ。そしてかなりの超絶技巧を要求される曲と見たぞ。

まだまだ掘り下げが必要な演奏であったことは否めないけれど、挑戦の気持ちは伝わってき来た。またいつの日か、音楽ホールで彼らが演奏会をすることがあるならば、前半後半と全く違う雰囲気のコンサートができるだろうと思った次第。

(立川市民会館 1階8列)

2016年9月16日 (金)

演奏会のお知らせ

 

♪演奏会のお知らせ♪

『旅するヴァイオリン vol.59』 ~プレ・コンサート~

2016年9月29日(木) 18:45 開場 19:00 開演
     於 横浜イギリス館
(みなとみらい線 元町・中華街駅下車 徒歩7分)

全席自由 一般 2000円 学生 1000円

ヴァイオリン:白井篤さん(NHK交響楽団)
ピアノ:大須賀恵里さん

~プログラム~

ベートーヴェン:ピアノとヴァイオリンのためのソナタ
        第9番 「クロイツェル」
イザイ :無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ 第2番
メシアン :主題と変奏
サン=サーンス :ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第1番                               
☆リサイタル前月恒例の「プレ・コンサート」です。
予約をご希望の人は当ブログ横のメールフォームにてご連絡下さい。
もちろん当日直接お越し下さいましてもだいじょうぶです。

☆「プレ・コンサート」ご来場の皆様は
 10月18日の「白井篤ヴァイオリン・リサイタル」に
 ご招待させていただきます。

(白井さんからご許可をいただいて宣伝しております。)

2016年9月 7日 (水)

Vieln dank !

↓これは「会津若松観光ビューロー」で発行しているガイドブックのようなものです。

八重洲に福島県のアンテナショップ がありまして、そこでもらってきました。ネットでもあれこれと調べて行きましたが、旅行中一番役に立ったのがこの冊子でした。

Img_20160907_0001_3

バスの時刻表もバス停の地図もある。そして行きたい場所はどのバス停で降りればいいのかも載っている。市街地の詳しい地図もあるので、鶴ヶ城から七日町まで、観光スポットを巡りながら歩くこともできました。

このパンフレットがあれば、会津若松は十分に楽しめますね。

拙ブログのタイトルに倣えば「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」・・・とはいささか大げさかも知れませぬが、気軽な案内はあるに越したことはない。

この場を借りてお礼申し上げます。

2016年9月 6日 (火)

Sommerferien vol.7

ホテルの窓から磐梯山が見えた。晴天に恵まれた3日間の最終日は、電車の時間の都合でバスを利用・・・したのだが。

まずは近藤勇の墓所。墓所にお参りばかりしているようだが、歴史探訪なんてそんなものだし、そして、墓所のあるところは、一般のお檀家さんも眠るお寺である。近藤勇の墓所は天寧寺というところにあるのだが、最寄りのバス停から徒歩15分。15分は、平素駅まで歩く時間なので、楽勝と思いきや、お寺は急坂の上にあった。

今日も今日とて早起きしたので、境内に辿り着くと住職様がお掃除をしていた。お寺さんではご挨拶をするのはあたり前だし、明らかに旅行者風の私に、「近藤さんですか?」と聞いてくれた。そうですと答えると、少し笑いながら「このまだ上なんですよ・・・お気をつけて。」・・・???

いやはや確かに「お気をつけて」である。きっとこのお寺さんは、もともとは山の斜面にあったに違いない。本堂の回りの新しいお墓は、新しいお檀家さんだろう。組長のところに行き着くまでには、文字通り山道を登らねばならなかったが、古いお檀家さんのお墓がその途中にたくさんあり、墓石こそ古いけれど、どのお墓もお参りがされた跡が見える。

私もまめに墓参はするほうだが、ここのお檀家さんは、すごいわ。

そして文字通り辿り着いた組長の墓所には、まだ新しいお線香があり、地元の人が設置した「思い出ノート」には組長へのメッセージがたくさん書かれていた。風雨にさらされないようにケースもありました。

実際に行けばわかるが、ここまで辿り着いたのなら、組長にご挨拶せずにはいられない。ちょっとだけ書いてきました。

そして旅の最後の楽しみ会津武家屋敷 。お屋敷の見学も、西郷頼母の妻以下、家中の女性の悲しい最期も、しっかりとこの目で見てまいりましたが、メインイベントは、お食事処での昼食でありました。

旅のホテルはビジネス素泊まり。夜、ふらっとどこかに行くこともあるが、基本は何か買って区手部屋で食べていて、べつにそれでもどうってことはないが、一回ぐらいは郷土料理を食べたいわけで。

そこで。昼食でそういうものを食べられる場所を探したら、あったんですね~。

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武家屋敷の敷地内のレストランで食べた「会津三昧膳」。美味でございました。平日でもあり、秋の観光シーズン前でもあり、静かなレストランでゆっくりと味わいました。

まだ時間に余裕はあったのだが、雨雲接近中とアプリが知らせて来たので、早めに郡山に移動することにした。

磐越西線に乗り、この三日間を振り返ると、実に楽しい夏休みだったと思えるのだった。考えさせられることも多々ありはしたが、心身のリフレッシュの妨げにはならない。

また機会があったら、行ってみよう。次回は半日ほど使って喜多方に行ってみるのもいいだろうし、逆方向で大内宿にも行ける。

だから頑張って働こう!








2016年9月 5日 (月)

Sommerferien vol.6

連れがいないからこそ、しっかりと予定を立てるのだが、大体は途中でいい加減になっていく。

鶴ヶ城近くで、会津若松のB級グルメ(?)、ソースカツ丼を食べるつもりだったが、ホテルの朝食が充実していたため、それほどお腹が空かない。満腹状態ではなかったが、このソースカツ丼、「うっかりと入ると動けなくなる(by愚息)」ほど、ボリュームがあるらしいの、いささか怖じ気づき、市街を散策しながら七日町まで歩くことにした。

初日のブログに「その気になれば徒歩で回れる街」と書いたが、、平成の大合併以前の横手と似通っていると感じた。今は横手も開けてしまったが、市役所近くの馬場通りの道幅が、私の住んでいた頃の中央町ぐらいの幅で、何だかやたら懐かしい気持ちになる。

西郷頼母邸跡。

市役所。愚息イチオシの「歴史的建造物」。庁舎として使われているが、見学したいと言ったら、どうぞどうぞと言ってくれたので、廊下だけですが、全階見学してきました。この日も会津は猛暑でしたが、石造りの庁舎内は心なしか涼しく、そして、階段の踊り場には素敵なステンドグラスがあるのだった。

どうやら会期中で、傍聴できたのだが、生憎と昼休みで議場は閉鎖。昔風の議場なんだろうか。ちと惜しかった。

次は蒲生氏郷墓所。伊達びいきなので、蒲生様にはそれほどの思い入れはないのであるが、まちなか周遊バスには


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こんな蒲生様がでかでかと描かれておるので、お参りしたほうがよかろうかしらと(笑)。

他にもあれこれ眺めながら、いつにまにか七日町。古い町並みを活かして、観光スポットとして人気があるところですが、一番の目的は鶴乃江酒造 に行くことでありました。

福島、ことに会津には美味しい日本酒が多く、この鶴乃江酒造の「会津中将」は、親子三人大好きなのである。私と同時に、4~5人の男性が一緒に入ったので、連れと思ったらしく「運転手さん以外はご試飲できますよ」・・・すみません・・・私は一人でして・・・男性陣はみなさまクルマだそうで・・・「あ。私、これ全部試していいですか?」

実に美味なる純米酒をしこたま買い込んで東京に送りました。

七日町は只見線の駅。そのすぐそばに、斎藤一の墓所があります。そこにもお参りして、せっかくなので、一駅だけ只見線に乗って会津若松まで。

明日は帰京か、つまらんのう・・・いやいや、明日もまだ遊ぶのだ!

2016年9月 4日 (日)

Sommerferien vol.5

観光地を一人旅する時は、早起きするに限る。団体客を避けるため。元来ワガママであるし、こう見えてあまり人付き合いもよろしくないので、大勢の中に紛れるのも嫌なのだ。

ということで、朝一番の街中周遊バスに乗って鶴ヶ城  に向かう。20分ぐらいで到着するのだが、レトロなボンネットバスは古い建物がたくさん残る市街を通っていく。明治時代建立とおぼしき建物がたくさんあり、それはすなわち、戊辰戦争後すべて破壊されて、廃藩置県で新しい町並みが作られたということに他ならない・・・お城に行く前にすでに複雑な気持ちである。

ということで、当たり前のことながらお城は復元ではあるのだが、美しく優美な外観である。草木には全く疎い私であるが、桜の木ぐらいはわかる。桜の季節にはさぞかし美しいだろう。そして、城回りの庭(?)に雪が積もった景色もさそかし・・・と思えど、会津は豪雪地帯に入ると思うので、そう簡単には来られないかな。

(数年前に、お城のすぐそばの会津風華堂でN響公演があったはずだが、3月中旬だったはず。雪はどうだったんだろうね?)

しかし、風流な思いでいられるのは、城内に入るまで。天守に到る道のりは、蒲生時代から幕末までの会津藩の歴史を辿る道のりである。歩むごとに、登るごとに、やり場のない憤りが湧いてくる。

それほどの知識もなkれば、縁もゆかりもない会津であるので、できるだけ第三者として、その歴史を学びたいと思えど、鶴ヶ城には、まごうことなき史実を語る展示があるのみで、恨み辛みを訴えたり、押しつけがましい「語り継がねばならない史観」もない。

だからこそ、そこにある史実は重く、階段を上る足取りも疲れで少々重くなるころ、五層に到着するようになっているんだなぁ・・・東西南北山に囲まれた会津盆地を一望すると、少し気持ちも落ち着くような気もしましたね。

お城見学が終わったのがまだ昼前。思った通り、観光バスが到着し始めたので、お城を後にして、心も落ち着けて、少しは町並みを散策すべく、まず西郷頼母の屋敷跡へ向かうのだった。

(そして、この夏休み備忘録はいつまで続くんだろうか。9日からは演奏会の日々が始まるのだから、それまでに完結させないとならん。)

2016年9月 2日 (金)

Sommerferien vol.4

(内容がかなり主観的なので、今日はコメント欄ありません。)

愚息と私は戦国ヲタクであるが(愚息は相当な筋金入り)、主人は幕末ヲタク・・・ではなく、幕末から明治維新にかけてが好きだ。

しかも、相当主観的な「好き」である。

何のかんのと言っても、私は現政権を一応支持しており、主人は「消去法」で支持しているが、行政への不満を二人で話すときに、主人は必ず言うのだ。

「長州だからな。」

徹底的に「アンチ薩長」の男であり「反官軍」の男である。

その是非を問う理由など何もないこちらは、とりあえず大河ドラマで描かれた世界しか知らない。一応、薩長側・徳川(会津)側、両サイドで作られたものは何作か見ているし、その都度、勉強はしたので「勝てば官軍」とは、よくぞ言ったものだ・・・とは思っているけれど。

しかし飯盛山に行き、白虎隊の悲劇を目の当たりにすると、そこまでやったらいかんだろ>官軍 とは思うのである。彼らが自刃してしまったことは、表現は悪いかも知れないが、武士の時代であればいたしかたないことかも知れない。

だからと言って、彼らの骸を野ざらしにすることはないだろう。賊軍ならば、夜盗追いはぎが身ぐるみ剥ぎ、獣に食い荒らされるのが、当たり前だと言うのか。賊軍には尊厳はないと言うのか。そしてそれを哀れに思い、せめて遺骨だけでもと供養しようとした者たちまで、罪に問う。

私の感情として、それを受け入れることができなかったので、お線香を上げ、帰京したら「会津中将」を飲みながら、主人にあれこれと聞こうと考えたのだった。

ついで・・・と言っては失礼なのだが、あることがあった。

会津若松は、その気になれば徒歩で観光できるぐらいの街である。飯盛山からホテルまでは2㎞もないので、帰路は歩いて帰ろうと思い、その途中にある妙国寺(白虎義士の仮埋葬地)へ行こうとしたら、そのすぐそばに、プレハブ校舎があり、

そこに書かれていた校名は、浜通りの中学校の名前だった。

後でわかったことだが、会津若松は浜通りから町単位で避難してきているところで、その場所を示す標識もたくさんあった。福島は「浜・中・会津」と、南北方向に三つの地方に分けて呼ばれるが、浜通りと会津では、気候も違い、太変だっただろうと思う。

だが、その件に関しては、私は決して意見を述べない。関係者でも何でもないが、2011年の地震については、もう何も言わないことに決めたのだ。

・・・てなわけで、初日からいきなり精神的にハードになったので、ホテルの近くにあったカラオケでちょいとストレス発散してきちゃったりして。

そういう、いきあたりばったりなところも、一人だとできちゃうんだな。

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