2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

« 五島美術館 ミュージアムコンサート(6/29) | トップページ | 旅するヴァイオリン vol.58 ~ミ ロルカ イザイ ~(7/14) »

2016年7月 8日 (金)

徳永二男 楽壇生活50周年記念演奏会(7/7)

ヴァイオリン、徳永二男氏、指揮、広上淳一氏、演奏、NHK交響楽団。

ホールの入口に警視庁の警官がいたので察しはついたが、ホール内には菊のご紋章のスーツ多数で、コンシェルジェはインカム着用。そしてRBには不自然な空席。これだけ揃っていればご臨席であります。多分皇后陛下であろうと思いましたら果たしてその通りでありました。

「寄り添って。」

様々なご公務で皇族の皆様はそう仰る。その足下にも及ばぬどころか、そんなことを口にするなど恥を知れの私ではあるが、今宵の演奏を聴きながら、そのお言葉を思い出していた。

「ヴァイオリン協奏曲(メンデルスゾーン)」
「ツィガーヌ(ラヴェル)」
「ヴァイオリン協奏曲(チャイコフスキー)」
「序奏とロンド・カプリチオーソ(サン=サーンス)」

こんな私でも、演奏会通いを始めてからもう10年になり、多数の協奏曲を聴く機会があった。協奏曲は誰の意志を持って演奏されるものなのだろうか。指揮者?ソリスト?それともオケ?

なかなかかみ合わない演奏を聴いたこともあった。ソリストに全く自我が感じられなかったり(それが悪いとも言えないのだが)、逆に何だか勝手なことをしてるんじゃないの?と思ったり、はたまた、この指揮者は何を考えてるんだと思ったり。をいをい、オケはソリストを無視してるんじゃないんかい?などとも思ったり。

となれば、やはり三者の意志疎通と、その曲に対する解釈(「思い」で演奏するのはプロではないと考えているから)の共有が不可欠なんだろうな。

では今宵の演奏はどうだったんだろうか。そこに「寄り添う」の言葉を持ち出すのは畏れ多いわけだが、そういう感じ。

「自分はこういう風に演奏したい」とソリストは表現する。オケはそれをなぁなぁで受け止める訳ではないが、「その表現を最大にいかすべく」演奏した・・・って感じ。

しかしながら、そういう演奏はともすればステージ上で完結してしまう恐れがある。だからこそ、そこに指揮者がいるのだ・・・と、愚考したので、席のロケーションもよろしかったので、マエストロをじっくりと鑑賞することにした。

ふむ、なるほど、だからそうなるのだな。

何を言ってるのか意味不明でしょうが、まさしくその通りの感覚でございました。幾度となくホールで聴いている曲なので、スコアなど見たことないけれど、ここで指揮者がどうするかのツボ場面はわかるのだ。そこんとこが、今宵のマエストロ、柔らかすぎるようで実は鋭い。

私は溜池山王ではRAの女である。お財布との兼ね合いが主たる事情だが、ステージ上で何が起こってるのかを感じるにはいい席でもある。

(サントリーホール RA5列9番)

« 五島美術館 ミュージアムコンサート(6/29) | トップページ | 旅するヴァイオリン vol.58 ~ミ ロルカ イザイ ~(7/14) »

音楽・ドイツ語」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2003008/66398306

この記事へのトラックバック一覧です: 徳永二男 楽壇生活50周年記念演奏会(7/7):

« 五島美術館 ミュージアムコンサート(6/29) | トップページ | 旅するヴァイオリン vol.58 ~ミ ロルカ イザイ ~(7/14) »

ブログパーツ

  • by 無料ブログパーツ製作所
    [PR]