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2016年5月13日 (金)

旅するヴァイオリン vol.56 ~スプリング&クロイツェル ~(5/12)

「演奏会の予習をハイフェッツではしない」。そう決めてだいぶ立つ。たまに忘れてしまい、本チャンにて大混乱することもあるが、大体がそういうときには、「やっぱりハイフエッツが好きだもんね!」でけりがつくわけで、感性の問題としてしかたないだろう。

そのルールを破っても平気なヴァイオリニストが二人。一人はスヴェトリン・ルセフ様にて、もう一人が今宵の演奏者、白井篤様。理由は明々白々。他の人の演奏を聴いたときに「ルセフならどんな感じ?白井さんならどんな感じ?」と、心に浮かぶからだ。

(某低弦氏もそうなんだけど、何せソロを聴くチャンスには恵まれないし、室内楽も少ないし。だから木更津に行く・・・とは、さすがに言えませんです。)

であるからして、前日に「春はあっという間に過ぎていく」てな感じの、ハイフエッツの演奏を聴いても、何の心配もなかったんであるが、現実とはまっこと面白いものであった。

ヴァイオリン、白井篤氏、ピアノ、大須賀恵里氏。

「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ 第5番(ベートーヴェン)」。「春」とは通称にて、なれどこれほど相応しい通称もなかろうて。最初に聴いたのは誰の演奏だっただろう。目の前に鮮やかに春の風景が浮かぶような気がしたもんなぁ。

白井さんの「春」は何回も聴くチャンスがあって、そのたびに「そうそう、こうなって、あぁなって」などと喜びながら聴いていたけれど、今夜は何か違うと感じた。演奏とは一期一会であり 、全く同じ演奏などありえない。理想の演奏を決めてそれだけをよしとするならば、CDをたった一枚だけ聴き続けるしかないだろう。

演奏は変わっていくものであり、それを楽しめずして、演奏家のファンにはなれない。その逆のようなものもあるのだろうが、「私の(好きな)ワーグナー」であるとか「私の(好きな)チャイ子」は、大野さんが下さることになっていて、さすがに白井さんはその域に達してはいない。

当たり前の話だ。白井さんは、まだまだ円熟味を増していくのだし、指揮者と奏者では、作曲家との対話方法も違うだろうしね。

次にこの曲を演奏なさるとき、白井さんはどんな「春」を私に見せてくれるんだろうか。そんなことを思わせるような前半だった。
「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第10番(ベートーヴェン)」。通称「クロイツェル」。この秋のリサイタルのメインディッシュの予定で、たぶんプログラムにはベートーヴェンが書いた「ほとんど協奏曲のように~」が記載されるやもしれませんね。
 
ほんにこれは戦いでございまして、そして秋に向けてのスタートとも言える演奏でした。そこここに、お二人の「意志」は感じるけれど、まだ確固たるものではない。もちろん、演奏なさったことは何度もあるだろうが、「今回のリサイタルでのこの曲の位置づけ」は、まだまだ輪郭ではなかろうか。

(「では後半戦にまいります」と、ご自分でも気づかずにトークを始めたその「後半戦」という言葉に、あれこれと感じてしまう私だった。)

「クロイツェル」は9月にまた、ここイギリス館で演奏される。その時には、きっと答えが出ているはずだ。

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