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2016年2月 2日 (火)

都響 第801回 定期演奏会 Bシリーズ(1/26)

指揮、アラン・ギルバート氏。

「トゥイル・バイ・トワイライト -モートン・フェルドマンの追憶に-(武満徹)」。日本を代表する作曲家であり、かつ海外での評価も高いので、どのオケでもその作品をプログラムにあげることが多い。私としても嫌いではないし、武満の一つの特徴でもある「流れる美しさ」には心地よさを感じる。その美しさに溢れるこの曲を、マエストロは実に柔らかく柔らかく振った。

指揮棒を使わないから・・・ということもあるだろう。最近とみに「貫禄」のついた外見でもあり、スヴェトラーノフとの相似を指摘する声も、ネットにはあったのだが、それについての言及は差し控えたいと思う。

「交響詩『エン・サガ』(シベリウス)」。ここしばらく、溜池山王マイシートでは「今、何が起こっているのか」を視覚的にも聴覚的にも楽しむのが習いであるが、冒頭の高弦でプルトの表裏が、全く逆の動きをしてるように見えたのは錯覚だろうか。それは一つの例であるが、マエストロが今、どんな指示を出しているのか、出そうとしているのか、それを眺めながら(推測しながら)聴くのは、面白いとは思うのだが。

どうにもその「貫禄」のせいか、やはり指揮棒がないせいなのか、鋭角な音作りがわからなくて(もちろんオケのメンバーは理解しているだろうが)、終盤のオール・ピッツィカートは、弦の迫力と、マエストロの柔らかさに乖離現象が起こっている気がした。

「指環への旅~「ニーベルングの指環」より(ワーグナー/ギルバート編)」。ハイライトのようなものであるが、「指環」はライトモティーフが命であり、聴く側はそこを押さえておけば、字幕がなくても楽しめる作品だったりもするのだ。ところが、それが当然となってしまうと、楽曲編てのは、あんがいと慌ただしい。聴きながら脳内変換しているので、登場人物の入れ替わりがやたら忙しいみたいな?

カタツムリが乱高下したのが、かなり残念ではあったけれど、出入りでバタバタしたから、落ち着かなかったのだろうか。N響ではどうだっただろうか。

そして、指揮棒を使わないマエストロの音楽については、疑問が残った。(否定的な疑問ではなく、好奇心的な疑問である。)7月のチケットを持っているのだが、マラ5。今年は大野さんのマラ4だけで十分だからな~。

(インバルのザ・グレートと振替予定だしさ。)

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