2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

« 旅するヴァイオリン vol.54 ~ヴァイオリンの花束 ~ (12/9) | トップページ | N響Bプロ(12/16) »

2015年12月11日 (金)

都響 第798回 定期演奏会Aシリーズ(12/9)

上野駅の山手線ホームにドアがついたが、まだ稼働していなかった。それってかえって怖いね。塀に隙間があるようなものだから。さっさと稼働させないと転落事故が起こりそうな気がする。

指揮、ミヒャエル・ザンデルリンク氏、チェロ、アレクセイ・スラドレル氏。

「チェロ協奏曲 第1番(ショスタコーヴィチ)」。マエストロは元々チェリストであり、プログラムに寄せられた文章によると、この曲がチェリストとして最後に演奏した曲とのこと。今宵の(なかなかイケメンの)ソリストは、マエストロの教えを受けたこともあるらしい。そしてさらに寄稿には、マエストロのお父上は(クルト・ザンデルリンク)ショスタコと懇意であったそうで。

そういうちょっとしたことで、私は音楽室にその肖像が貼られている作曲家を、生身の人に感じられるて、嬉しくなるんだなぁ。

曲はと言えば、私の思うショスタコです。二律背反のようなパロディーのような。そのときの為政者のありようと、自分の信条。その二つの中で揺れる自分の音楽への思いを、どう表現していくのか。きっと、本当に多分きっと、私の想像(妄想)かも知れないけれど、彼の音楽の底に流れているものは変わらなかったのではないか。

「交響曲 第1番『冬の日の幻想』(チャイコフスキー)」。ホールで聴いたことはあっただろうか?ないな。でも、曲は知ってますよ。第1楽章と第2楽章には、チャイ子自身がつけたサブタイトルがあるけれど、それがなくとも、内省的な交響曲だと思う。

第2番(小ロシア)が、その愛称通りでありながら、どこかしらヨーロッパへの憧れめいたのものを感じさせるのに対し、こちらはロシアはロシアでしかありえないとでも。

私のイマジネーションの中で、チャイ子の優美さは、トルストイの「戦争と平和」の冒頭で描かれる夜会であり、第2楽章のサブサイトルで使われている「陰鬱」の二文字は、老ボルコンスキーの領地になぞらえてしまう。何となく勇壮さを感じさせる曲想であれば、それはもちろん、アウステルリッツのアンドレイ公爵だし、その後に緩やかなメロディーが現れれば、彼が見上げた青空に他ならない。

そんな聴き方でいいんかい?>自分

では、昨夜の演奏に話を戻そうか。マエストロの指揮による演奏は、この春N響で聴いていて、なんとなく微妙な感想を述べていましたが、今宵もその感覚はあったと思う。

演奏の完成度は高いんだけど、それでその演奏でいいんかい?みたいなの。とは申せ、その背中が語る音楽が、私の幸いになる御方は、この世でたった一人でございますれば、客観的な判断として、なかなかによろしかったのではないかと思う次第。

(東京文化会館 3階L1列8番)

« 旅するヴァイオリン vol.54 ~ヴァイオリンの花束 ~ (12/9) | トップページ | N響Bプロ(12/16) »

音楽・ドイツ語」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2003008/62912346

この記事へのトラックバック一覧です: 都響 第798回 定期演奏会Aシリーズ(12/9):

« 旅するヴァイオリン vol.54 ~ヴァイオリンの花束 ~ (12/9) | トップページ | N響Bプロ(12/16) »

ブログパーツ

  • by 無料ブログパーツ製作所
    [PR]