2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

« アジア オーケストラ ウィーク 2015(10/6) | トップページ | 白井篤 ヴァイオリン・リサイタル(10/7) »

2015年10月 9日 (金)

「ラインの黄金」@新国立劇場(10/7)

これでも一応ワグネリアンの端くれではあるが、何せ100%感性女であるからして、コアなワグネリアンのように論じることはできない。

まずは詳細に関してリンク を貼ります。

ワーグナーは演出に「凝った」ものであることが多い。最近は時代の置換も多く見受けられるが、それに関する是非はわからない。しかし、音楽を、歌詞を深く読み解き、そこに何らかの意味を(自分だけの意味でよろしい)見い出すのであれば、斬新な演出にインスパイアされるのもよいのではなかろうか。

(「魔笛」に関して、私はそのスタンスを取れる。だからもっと聴きに行きたいのだが、オケに忙しすぎて、不義理もいいところだ。でも悲しいことに、来年の「魔笛」は日程が悪すぎて行けない。)

今回の演出は、オーソドックスというかシンプル。予備知識など全くない人が聴きに来たとして、腑に落ちないものがある・・・というようなものはなかったのではないだろうか。細かなあれこれに不思議な面はあるかもしれないが、深く考えすぎて演奏を聴く妨げとなるようなものもなかっただろう。

そういう舞台なれば、歌手の技量は重要なものとなってくる。ウォータンにあまり傲慢さがなかったと感じて気になったけれど、いつも思う。この神々の長の本質は、実はとてもナイーブな男であり、その内面を己の弱さと感じて、それを隠すために(というか克服したい)、演じているのではないかと。そう思って聴くと、妙に不安定な演奏であったとしても、それがしっくりいくのだが、果たしてそれでいいのかはわからない。

巨人族の二人は、こんなにも俗っぽかったのか。もっと無機質な存在として配置されているのだと思っていた。でも、神々の目から見れば、小人族も同じ扱い。それを煽っている黒幕はもちろん、赤い奴であるが。

クリスマスまで待てなくて、プレゼント開けちゃったのかよ?ってな感じ。フライアをおもちゃにしちゃったのかよ?ってな感じ。そこんとこが、妙に際だって聞こえたのは、なぜだ?

歌詞を全部覚えてはいないし、リングはライトモチーフで筋書きを追えるので、あまり頑張って字幕を読まない。そんな中で、あれ?ここは?とふと感じて、訳詞を見て、ははん、やはりそうであったかと、歌い手と演出の意図すること知る。なかなかに面白いものだ。

全体的に、歌い手の安定感は感じられたのだが、まだ「序夜」である。リングの上演は難しいものだ。

オケに関しては、後半のスタミナ切れが気になった。「遅い」とは感じなかったが、ゆったりとした演奏ではあったので、大変だったのかも知れない。

第一夜は来年だけれど、その前に上野で第二夜があるんだなぁ(笑)。

(新国立劇場 4階2列23番)

« アジア オーケストラ ウィーク 2015(10/6) | トップページ | 白井篤 ヴァイオリン・リサイタル(10/7) »

音楽・ドイツ語」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2003008/61967925

この記事へのトラックバック一覧です: 「ラインの黄金」@新国立劇場(10/7):

« アジア オーケストラ ウィーク 2015(10/6) | トップページ | 白井篤 ヴァイオリン・リサイタル(10/7) »

ブログパーツ

  • by 無料ブログパーツ製作所
    [PR]