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2015年3月11日 (水)

Es aendert "uns" auf "mich".

「『私たち』から『私』に変わる」・・・本当は最初から一人称なんだろう。

アンコールが「ふるさと」から別の曲に変わってだいぶたつ。会社あげての曲だから、それをとやかく言うつもりもないし、聴きたくないわけではない。「・・・なので・・・ということで・・・この曲を演奏します」と紹介された後のあの空気感に、入り込めない自分がいるからだ。

「悲しみを怒りに変えて前に進んでいく」。

私がダラダラと書き続けている、二次小説の主人公に語らせた言葉だけれど、喜怒哀楽のなかで「怒」の持つパワーは推進力になるえると思う。怒りによって、再び立ち上がることができるなら、それも一つかも知れない・・・「憎」に変化しなければ。

それでも、隣にいる人と、同じ思いを持ち、同じ目標に向かって、進んでいると感じている間は、何も起こらない。

それが一段落した後に、本当の自分と向き合って、そこに見いだされる「願い」とは何だろうか。「大切だけれどささやかな願い」じゃないかと思うんだ。でも、それはあまりにも個人的すぎて、どうすることもできなかったりもする。

「最初からこうして欲しかった」。

そんな感情がもたげてくる時に、(多分)人は気持ちをぶつける対象物が必要となるんだろう。

けれど。

「そんなことの前に、もっとすることがあるだろう」なるものは、すべてに対して言えることで、言いたい人・言われる人も必ずいるし、人生における優先順位に「無私」はありえないと思うんだ。

Ich will , dass nur ich kann.

だから、いつも変わらぬ私でいようと思う。

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