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2014年7月 2日 (水)

Immer waren Sie dort.

「いつもそこにいた」・・・敬称ですけれど。

オペラシティで大野さんのお母様によく似た後ろ姿を見かけたような気がして、ホールを見回したけれど、お姿がなくて、見間違いかと思っていたら、この5月に旅立たれていたのだった。最後に大野さんと交わしたお言葉が「ホフマンを楽しみにしている」だったそうで、心残して逝かれたのかも知れない。

見間違えたのは、超常現象などではなくて、年格好のよく似た、和服の女性だったからで、大野さんの演奏会には、必ずいらしていたお母様を見かけていたからだ。

一度だけお話をしたことがある、もとい、勝手に私が話しかけただけなんですけれど。

昨年のサイトウ・キネンで、休憩の時に、お母様が洗面所を探しておられた。もうすでに列ができていたので、一緒に並んでなんとなく世間話的に。会場のキッセイのトイレは、洋風が一つしかなくて、だからそちらを使えるようにご案内して(和服でしたから)、でも、私はいささか腹を立てて(マエストロのお母様なのに、ボランティアのつきそいもなかったからね、そういうことでなくても、普通に外見的に高齢者なんですから、バリアフリーが整っていないホールなんだから、ただ見てないで、手を貸すぐらいできないんか?)、言った。

「(大野さんの)お母様なんですから、楽屋の方に行かれれば、よろしいのに。」

でもね、こう仰ったのよ。

「こんなことで、皆様にご迷惑かけるのは申し訳ないですから。」

・・・ほんとにもうっ!>SKFボランティアめっ!・・・と怒りましたけど。

あの後、大野さんは、国内で振られていないので、もしかして、お母様には最後の演奏会だったんだろうか?

しかしながら、私は大野さんご一家の、知り合いでもなんでもないので、大野さんの私事を、演奏と結びつけるような失礼なことはできません。そういうことができるのは、大野さんがご自分の心を語る相手だけでしょう。だから。普通に聴くのですけれど。

とは言え。

ご葬儀前日ぐらいの、お兄様の呟きに、こうあった。

「階下から、弟の弾くピアノの音が・・・」

大野さんは(目覚めの)ラジオ体操代わりに、いつもピアノを弾いておられるのですけれど、それでも、このツィートには胸がいっぱいになりましたね。

ご冥福をお祈りいたします。

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