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2014年4月25日 (金)

N響Bプロ(4/23)

今年はR・シュトラウス生誕150年のメモリアル・イヤー。150年と聞くと物々しいけれど、長寿社会の現実を思うと、つい最近の人のようで・・・だってそうじゃない?1864年て池田屋事件ですから。私には幕末は「こっち側」だからさ。

そのR・シュトラウス・メモリアルのN響定期は、表現はよろしくないけれど「どひゃー」でありました。

指揮、ネーメ・ヤルヴィ氏。(で、だから、オール・R・シュトラウスね。)

「祝典前奏曲」。ウィーン・コンツェルトハウスのこけら落としを祝う曲として、作られましたそうです。フツーに「どひゃー」。編成は大きいし、オルガンは大音量で鳴り響くし、オルガンの隣には金管バンダ。よく言えばカッコイイし、悪く言えば大げさすぎる?でもさ、ふと思ったのは、目的のために作られた曲を、後々に演奏会のプログラムにあげるのは、意外と大変なんじゃなかろうか?と言うことで。

「そのときの音楽」には「そのときの聴衆」がいて「そのときの雰囲気」もあるだろうしね。

「紀元 2600年 祝典曲」。・・・この曲に関しては、あまりコメントはしないほうがいいだろうか。それこそ「そのときの音楽」でしてね。初演はちゃんとその年にされたようですが、義父の持っていた「N響事典」によると、昭和33年の定期で一度演奏しているらしい。

誰が選曲したんだろうね?「もはや戦後ではない」と言われたのは昭和31年だけれど、それはそれとしても、いまでもビミョーな問題であるし、「そーゆーきょくがあります」とはいかないこともあるかも。

それで曲そのものはどうだったのかと言えば、ブリテンほどではないにせよ、やはり「そこにいない人」には難しかったのではないかと思う。

・・・と、まぁ、私の「幸せの源」であるはずの、R・シュトラウスが、前半はどうもしっくりこなくてね、どうしようかと思ったのですが。

「バレエ音楽『ヨセフの伝説』」。この定期の曲は、ほとんどの団員が演奏したことがなく、多分、この曲はN響初演だったのかな?とてもとても大変だと、伺ってはおりましたし、事実、みなさま終演後は疲労困憊でごさいましたが、私には、幸せが戻ってきたのでありました。

クリスチャンではないけれど、読書は大好きなので、聖書の登場人物はある程度わかる。とは言え、同じ名前の人も登場するから、時々ごっちゃにするんだけれど、プログラムでヨセフがどうやら奴隷らしいと知って、何となく思い出したのね。でも、その思い出した話だと、確か昇天はしないで、エジプトで高名になっていったんじゃなかったっけか?

まぁ、それはともかくとして、これは良くも悪くも「バレエ音楽」であり、頭の中で踊りを補完することによって、とても面白く感じられるのだった。帰宅してから、バレエ公演を調べてみたら、私のイメージしたマイムとはかなり違ってたけれど(^◇^;)、でもそれは振り付けの問題だしね。

筋書きとしては、よくある話だけれど、バレエを見てみたいと思ったのでした。

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